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2020.01.29

事業用の賃貸借契約は法律に勝る

「敷金控除特約」をめぐる問題

 

賃貸で借りた物件を退去する際、
「きちんと敷金が戻るだろうか?」
と不安になったことはないでしょうか?


私も何度か、
この不安を経験しましたが、
民間の物件を借りていたときは、
幸い、敷金は戻ってきました。

(裁判官時代に官舎を退去したとき、
壁が少し黒ずんでいる?とかの理由で、
敷金から引かれた記憶がありますが・・)



2020年4月1日から民法の債権法
(契約等に関する部分)が変わりますが、

「敷金」については、
以下のような定義が明記されました。
(抜粋。下線は白川)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【敷金:いかなる名目によるかを問わず、
賃料債務その他の・・債務を担保する目的で、
賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「敷金」は担保目的の預託金ですから、
借り主が、きちんと家賃を支払い、
普通どおりに物件を使用していた場合は、
退去した後に返還されるものです。



ところが、賃貸借契約書に、
以下のような特約が入っていることが
あります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「退去後、
敷金から一定額を無条件で控除して、
控除後の残額を返還する。

「退去後、
敷金から●%を償却して、
償却後の残額を返還する。」

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このような条項は、
敷金控除特約」
あるいは、
敷引(しきびき)特約」
と呼ばれています。


法律上、
このような「敷引金」を
借り主が負担する義務はあるのか。

 

借り主が「消費者」である場合

 

借り主が「消費者」である
居住用賃貸については、
「消費者契約法に違反しないのか?」
という点が問題となります。


消費者契約法には、
消費者の義務を重くする
契約条項について
 「信義則に違反する契約条項は無効」
と規定されているからです。


この点、最高裁判所は、
「敷引特約」について、
「敷引金の額が高額に過ぎるときは、
原則として、無効になる」
と判示しました。


この判例によれば、
逆に、
「敷引金の金額が高額すぎないときは、
敷引特約は無効にならない」
ということになります。


最高裁は、敷引金の金額が、
賃料月額の2.5倍弱~3倍強
(礼金等の一時金の授受は無し)」
であるケースについて、
「敷金が高額に過ぎるとは言えない」
「敷引特約は無効にならない」
としました。

 

そもそも敷引金とは何なのか?


敷引特約によって控除される敷引金は、
担保を目的とした金銭ではなく、
無条件で大家が取得する金銭ですから、
もはや法律上の「敷金」とは言えません。


それでは、敷引金とは何なのか?


判例を熟読すると、
最高裁は、敷引金について、
「実質的には、広い意味での“賃料”である」
と考えていることが分かります。



「賃料」というのは、
法律上、物件を貸す対価
のことです。


大家は、通常、
物件を貸す対価を、
以下のトータルで考えます。

①毎月の家賃
②契約時の一時金(礼金等)、
③更新時の一時金(更新料)
④退去時の一時金(敷引金)


他方、借り主も、
「①~④のトータルで、
どのくらいのコストがかかるのか」
を考えて
賃貸物件を選択するわけですし、
最近は、スマートフォンの普及により、
比較的簡単に、
賃料や一時金の比較ができます。


このような状況にも鑑みて、
最高裁は、
敷引金が高額に過ぎるという
特異な事情がなければ、
敷引特約は無効にならない、
と判示したものです。

 

 

借り主が「事業主」である場合

 

前記の判例は、
借り主が「消費者」のケースです。


借り主が「事業者」である場合は、
居住用に借りているというケース
(消費者契約と変わらないケース)
でない限り、
消費者契約法の適用はありません。


そのため、
事業用の賃貸借契約については、
公序良俗に反するような内容でない限り、
一度締結してしまうと、
法律を使って効力を覆すことが
出来なくなってしまいます。


事業用の賃貸借契約書を締結するときは、
賃料や一時金等のコスト、
原状回復義務の範囲等、
細心の注意をもって
確認することが肝要です。